【何が悪い】人間が「遅刻」をするべき 3つの理由


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遅刻。

それは現代社会において大罪であります。

遅れるということは相手の時間を奪い、予定を狂わせます。

それでも、遅れてしまうのが人間でもあります。

電車が遅れた、道が混んでいた、道に迷った。
時間通りに着こうとしても様々な罠が潜むのもまた、現代社会であります。

そうした場合には、遅延証明でもなんでもとったらよろしいわけであります。

問題は「寝過ごした」などの場合です。

「つい」

これを説明するのは至難の技です。
遅刻する側は言い訳などするので、誰もが得をしない事態となります。

必要なのは「言い訳」ではなく「理論」であります。
なぜなら「言い訳」とは相手のルールに立脚しており、敗訴は確定しているわけです。

「遅刻が悪いことはわかっている、しかしこういう事情があった」

これでは賠償金の減額以上のことは望めません。

「遅刻はしたかもしれないが、何が悪い」

この前提から軸足を揺るがせないことが勝訴につながります。

そのための前提となる憲法をここにご紹介いたしましょう。

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1 寝る子は育つ

いにしえの人は素晴らしい知恵を残されました。
睡眠と成長は密接に関わるわけです。

仕事の待ち合わせであるならなおさら、

「え、だって成長してから来たほうがいいでしょ?」

という大胆な態度で相手を飲み込むことが重要です。
一時間余計に寝たぶん、一時間ぶんの成長を見せつければ結果オーライなわけです。

 

2 宇宙の時間にとったら微々たるもの

時間についての認識の違いによる遅刻というのもよくあるケースです。

そんな時、
「時間って何か考えたことある?」

と、相手の時間というものについての認識のセキュリティホールをつくのは有効です

光の速さに近づくと時間が遅れるって本当ですか?
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/travel/travel01.html
時間が遅れるのは、ある意味、光の存在に近づいているということでもあります。

 

3 ずいぶん早く来たね!

あくまで、自分の遅刻ではない。
これもひとつ重要な主張です。
ここでポイントになるのは、相手はそれによって「先走った」という汚名を着ることになりかねません。
そこはしっかりと、「早く来てえらいね」と、相手の地位を持ち上げてあげることが大切です。

無論、遅刻は何も悪いことではありませんが、相手が理不尽にも不快感を表明している場合、その場は相手を持ち上げてでも丸くおさめるのが大人というものです。

遅刻=悪という、思考停止の既成概念によって遅刻というものが、現代に至るまで不当な扱いを受けてきたことは言うまでもありません。

我々は遅刻した際、言い訳すらも許されないという原理主義的道義上の拘束にただ黙って耐えてきました。
しかし、問いただすべきは遅刻=悪という前提条件のほうであって、遅刻に至った事情ではありません。

マナーと矜持を守って、これからも堂々と遅刻をしてゆきましょう。

 

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